我々の建築の設計/デザインについての考え方について、まずは基本的な姿勢からご説明していきたいと思います。ここでは、あえて設計/デザインと並べて書いています。というのも、一般的に「設計≒エンジニアリングやプランニング」「デザイン≒見た目の形づくり」という風に捉えられてしまいがちですが、本来、広義には両者は同じ意味の単語とされています。このことは端的に我々の姿勢もあらわしており、エンジニアリングやプランニングをあわせた課題を解決する行為と、そのものに相応しい形を与える行為をあわせた「ものづくり」全体が我々の主な業務と考えています。一言で「ものづくり」といっても、建築家の守備範囲は大きなビルから小さな家具まで多岐に渡りますがその大小に関わらず、依頼を受け最終的に何かを作り上げるというプロセス自体は大きく変わりません。以下ではそのプロセスの中で、大切にしている要素「使い手」「周辺環境」「意匠」について書いていきたいと思います。
使い手
当然ですが建物を計画する際に、まず一番に考えるべきはその建物の使い手になります。我々にとっては建物は出来上がった時が始まり。使い手が上手に使いこなせてこそ良い建築になると考えています。しかし、建築はいわゆる衣服や工業製品のように使い手に機能的にフィットしているものが必ずしも良いものだとは限りません。建築が衣服や工業製品と異なるのは、その複雑さと使用される期間での使い手の変化です。基本的に単一の機能である衣服や工業製品と異なり、建築には様々な使われ方があり、しかも設備機器をはじめとした工業製品も内包します。また、少なくとも数十年の期間使われるであろう建築では、機器類の更新といった避けられない建築側の変化の他に、使い手の変化として、住宅であれば家族構成から店舗や事務所であれば建物用途の変更まで、様々な変化にさらされていきます。身近な例でいえば、手持ちの本や食器に完璧にあわせた収納を作っても、食器が割れてしまったり本が増えてしまえば、収納の仕方も変わってしまいます。ですので、我々は設計の過程では単に使い手の要望に応えるだけでなく、将来の事も同じように考え提案する事を心がけています。
周辺環境
法律上、建築物の定義として「土地に定着するもの」という一文があります。その文のとおり建物は土地に根ざし、単体で存在する物ではなく常に周辺環境の中にあるものです。周辺環境には、気候など自然環境、道路や近隣の建物といった目に見えるものから、歴史/風土や周辺の人間関係まで様々な要素があります。また、敷地内だけとってみても建築は周囲の空間やアプローチ、庭、テラス、バルコニーなど外部の空間を含めて成立しています。我々は建築が周辺環境と切り離せないものだという考えを基本に、それを上手く利用しながらも同時に周辺に良い影響を与えられる建築を目指しています。しかし、現代の日本では消費者としての要求のみが突出して優先されてしまいがちで、建築に関して周辺環境に対する配慮があまり見受けられなくなってきました。例えば、高密度に建て込んだ住宅街に新築住宅を建築する際、隣地に限界まで寄せて建設し空いたスペースに庭をとるというのはよく見る状況ですが、隣地側にも坪庭状のスペースを設ければ、こちらの建物に光や風を導きながら、真っ暗になってしまう隣地との間にわずかでも良い影響を及ぼすことが出来ます。おそらく図面からの情報と建て主からの要求のみを材料に設計をしてしまうと、自動的に前者のような計画になってしまうと思います。しかし机上の図面だけでなく、その土地に赴き自ら感じた事をベースに、周囲との関係を意識しながら計画を進めていけば、自ずといくつもの選択肢が浮かび上がり、その中でより良い周辺環境との付き合い方を見いだす事が出来ると考えています。
意匠
狭義でのデザイン。形状や色、素材などの見た目や質感などを考えていく部分です。基本的に我々は事前に作りたい物や確固たるスタイルがある訳ではなく、プロジェクト毎に相応しい形やスタイルを考え、見つけ出すのを楽しみにしています。新しいプロジェクトは常に白紙から考え始め、さまざまな形に揺れ動きながら一つの最終的な完成形になっていきます。とはいえ、建築の設計はもちろん物を作るという行為は常に判断や決断の連続です。何かを作り出すという事は他の可能性を削ぎ落す事でもあるので、我々はそのために多数の判断基準をもち、網の目のように複雑に絡み合った判断基準のフィルターを通り抜けたものが完成形として生み出されます。その一例として、外観に大きく関与する軒の「機能性」について書いてみます。もともと伝統的な日本家屋では軒の出が深く外壁よりも跳ね出していました。これには「雨の侵入防止」「外壁の保護」「日射の抑制」といった機能性に基づいた理由がありました。しかし現代では「ガラス窓」「外壁の耐久性向上」「カーテン等」といった要素で、置き換えることができるのであれば、必ずしも深い軒の出は必要ではなくなります。つまり、極力屋根を意識させないシンプルな箱状の建物も可能ということです。しかし、一方で軒下の縁側で庭を見て過ごしたいという意図があればもちろん深い軒の出が必要になります。このように軒の出だけをとっても、複数の判断基準があり、少なくとも「格好いいから」「施工的に都合がいいから」といった曖昧な理由では捉えていません。ただ、当然すべてが理詰めという訳ではなく、一方で感覚的な判断とのバランスの中で成り立っており、特に色や質感といった部分では感覚的な判断も強く作用してきます。なので、実際の設計するプロセスは、注意深く依頼内容を伺いながら、各プロジェクトに相応しい意匠を見つけ出していくような作業といえるのではないかと考えています。
以上、我々が建築設計業務の中で大切にしてる要素として簡単にまとめてみましたが、もちろん建築はこれ以外にも多くの要素で成り立っています。以降では様々な建物の用途の中で誰でも最も身近に実感できる住宅と、それを構成する要素について書いていきたいと思います。